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Descartes’ Error ANTONIO & HANNA DAMASIO

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146年の隔たりを越えて――ゲージとダマシオ夫妻

鉄の棒が頬から頭を貫通した。それでも、その青年は生き延びた。

アントニオ・ダマシオの『デカルトの誤り』は、フィネアス・ゲージという青年の事故から幕を開ける。1848年、25歳のゲージは、アメリカの鉄道建設現場で作業員を率いる有能な現場監督だった。岩盤を爆破する準備中、不意の爆発によって、火薬を詰め固めるための鉄の棒が左頬から入り、頭頂部を突き抜けたのである。

これほどの重傷を負いながら、ゲージは生き延び、会話や歩行の能力も保たれた。しかし、回復とともに周囲が気づいたのは、それまでとは異なる彼の振る舞いだった。仕事を任せられ、信頼されていた青年が、気まぐれになり、忠告や制止を受け入れにくくなったという。身体が動き、言葉を話せる。それでも、それまでのように社会生活を営むことが難しくなる。脳の損傷は、人の何を変えてしまったのだろうか。

ところで、ダマシオがゲージを診察したのだろうか。ここで私は、時代の隔たりに驚かされた。事故は1848年。ダマシオらがゲージの損傷を再検討した論文は1994年である。実に146年の時間差がある。この隔たりを越える手がかりとなったのが、保存されていたゲージの頭蓋骨と、当時の診療記録だった。神経科学者ハンナ・ダマシオを筆頭とする研究チームは、そこから鉄の棒の通過経路と、損傷した脳の領域をコンピューター上で再構成した。本人に会うことのできない研究が、ここまで具体的に進められる。その経緯にも、私は強く引き込まれた。

ただし、ゲージの生涯を「優秀な青年が堕落した」という一言で閉じるべきではない。事故後の記録は限られ、後年にはチリで馬車の御者として働いたことも分かっている。それでも、この症例が突きつける問いは重い。

知識や推論の能力だけで、人は適切に判断し、自分の人生を進めていけるのか。ダマシオの議論を追ううちに、この問いは私自身の感情論理学にも向けられることになった。

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